ヘナ~背景~

小石の砂漠

インド・ラジャスターン州の都市 ジョードプル

世界第7位の面積、第2の人口をもつ超大国、インド。長い4000年の歴史が独自の文化・世界観を生み出し、ヒンドゥ教、仏教、ジャイナ教、シーク教といった宗教の発祥、ゼロを発見した国とも言われ、哲学・数学が栄えた国です。
インドは広いだけに多くの言語・文化を持つ国です。28ある各州は、独自の文化・歴史・料理・言語を持ちます。隣の州に行くと言葉が通じない場合もあり、出身の違うインドの人同士が英語でコミュニケーションをとる光景もしばしば見受けられます。インド政府が発行する紙幣をよく見ると、公用語であるヒンディー語、英語を含め17もの言語が印刷されていることからも、インドという国の多様性が感じられます。
気候も多彩で、北インド・ラジャスターン州の砂漠気候、ヒマラヤ山岳地方のツンドラ氷河気候、熱帯性湿潤気候などがあり、国土の広さやスケールの大きさが垣間見えます。

メヘンディ

インドの人々とヘナ

ヘナの歴史は長く、古代エジプトのファラオやクレオパトラが髪や爪を染めるために使っていたと言われ、旧約聖書『雅歌』にもヘナは登場します。
ヘナはインドではヒンディー語でメヘンディと呼ばれ、枝、葉、実ともに、薬や染料として身近に用いられてきました。また、ヘナはヒンドゥ教の美と幸運の女神、ラクシュミーが好む植物として知られ、インドの人々に大切にされ、愛されてきました。
今でも日常的な美容のほかに、マニキュアやボディペイントに用いられています。特に手足にヘナでレースのような繊細な模様を描き、染めるメヘンディ(ヘナタトゥー)は祝福や魔除けの効果があると信じられ、結婚式を迎える花嫁や旅立つ人の幸せや安全を願い、祈りを込めて施されます。
また、ヘナには体を冷やす効果があると言われます。インドでは、夏のヘナの需要が大きく、中でも使用量が多いのは、シーク教の信者が多いインド北西部のパンジャブ州です。インド人というとターバンを巻いている、というイメージがある方もいると思いますが、基本的には、ターバンを巻いているのはシーク教徒のみ。シーク教徒は、髪の毛を切ることが許されず、ターバンに髪を収めるため、ヘナのペーストを頭皮から髪に塗ることで頭を冷やし、暑い夏を乗り切るそうです。
伝承医学アーユルヴェーダでも薬草として古くから利用されるなど、ヘナは人々の暮らしに欠かせないものと言っても過言ではありません。

ヘナの一大産地・ラジャスターン州

ラジャスターン州 ヘナの刈り取り

ラジャスターン州は、インドで最も大きい州で、面積は、日本とほぼ同じ広さです。かつては、ラージプット族のマハラジャ達が治めた領土であるため、ラージプットの国を意味したラジャスターンを州名としています。独自の歴史・文化を持ち、ジャイプル、ジョードプルといった街は観光地として人気があります。
ラジャスターン州・ソジャットはタール砂漠に近く、乾燥し寒暖の差が激しい気候です。ヘナの生育には最適な気象条件を備えており、ヘナの一大産地ですが、ヘナ以外の作物を育てるのが難しい土地でもあります。それ故、ヘナを栽培することが人々の生活を支える大きな柱となり、あたり一面が広大なヘナ畑になっています。
ヘナは農薬や化学肥料を用いなくとも育つ強健な植物のため、化学的な肥料や農薬を使わず育てられています。
ヘナの収穫シーズンになると、ソジャットの街は一気に活気づき忙しくなります。どこまでも続く青い空、風でたなびく成長したヘナの葉、ヘナを収穫する女性たちが身にまとった色彩やかな民族衣装のサリーとのコントラストは、乾いた空気の下、とても美しく見えます。収穫したヘナは、強い日差しのもと天日干しで乾燥され、トラックや牛、ラクダがひく荷車でヘナマーケットへ運ばれます。まるで髪を染めるかのように、ヘナで染められ、時には水玉の模様を全身に描かれた牛が麻袋に入ったヘナを運んでいる姿は、この地域ならではの風景です。

木藍(インド藍)の葉

インドの藍

藍は、古くから染料として世界各地で使われてきました。藍染めの原料となる植物は多くの種類があり、日本では、タデアイ、ヤマアイ、リュウキュウアイが使われています。インドでは、マメ科の木藍(もくらん 学名:Indigofera tinctoria L.)が主流で、キアイ、ナンバンアイとも呼ばれています。
木藍の歴史は長く、木藍から採れる染料の名「インディゴ(indigo)」の語源が「インド(India)」に由来することからもわかるように、インドの藍はローマ時代からヨーロッパの人々に珍重されていました。日本でも江戸時代には色素含有量の多い木藍が輸入されていました。
木藍は藍染めの原料として需要が大きかったため、英国の植民地時代、広い範囲で栽培されましたが、19世紀末の合成インディゴの発明により、栽培が激減しました。
しかし、近年の自然志向や、化粧品の用途で需要が少しずつ高くなっています。木藍は復活への道をゆっくり歩んでいます。

藍の作業風景

木藍の産地・タミル・ナードゥ州

タミル・ナードゥ州は、インド最南端に位置する州です。温暖な気候で雨も多く、緑豊かな大地が広がります。季節は、他の州と異なり、10~12月が雨季です。主食は米で、バナナの葉を皿にして、おかずや米、カレーを盛り付ける定食(ミールス)は南インドの食事の定番です。
水が豊富なタミル・ナードゥ州は、木藍の栽培に適しています。「ヘナ+木藍」では、刈り取った後天日干しした葉を粉砕して粉末状になったものを配合していますが、もともと木藍は、インディゴ・ケーキ(藍染めをする際に使う固形の藍)をつくる原材料として使われます。
そのインディゴ・ケーキつくりはとてもシンプルな昔ながらの方法です。早朝5時から木藍を刈り取り、その木藍を水につけ、インディゴの元となる成分・インドキシルが溶け出すのを待ちます。その水を、大きなプールに移し、腰までプールに浸かった人達が足で水を蹴り上げることで水に酸素を溶け込ませ、インドキシルをインディゴに変化させます。そして、ゆっくりとプールから水を抜き、沈殿しているインディゴを集め、煮詰めて水分を抜き、固めて乾燥させるとインディゴ・ケーキのできあがり。沈殿法と呼ばれる方法です。緑豊かな自然の中、全身を鮮やかな藍色に染めながら、男達が水を蹴り上げる光景は、見る者を圧倒する迫力です。
作業で出る排水は灌漑に利用し、インディゴ・ケーキ作りに使ったあとの木藍も畑の肥料にします。
一昔前は、木藍からつくるインディゴ・ケーキの生産をする人達が多くいたこの地域も、化学染料の普及と産業の発展に押されその需要が減少し、現在では2ヶ所のみを残すだけとなってしまいましたが、インディゴ・ケーキ作りの伝統を守る彼らのものづくりの姿勢には、藍への誇りや自信が感じられます。

インドのハーブの世界

広い面積、多様な地形や気候を持つインドは、ハーブの宝庫。長い歴史が生んだハーブの知恵は今でもインドの人々に親しまれています。
ハーブは、インドの人々にとって身近なものです。カレーやインドのミルクティー「チャイ」にもハーブが香ります。シカカイなどのハーブで体や髪を洗ったり、ヘナやアムラで髪をトリートメントしたりするのは今でも日常のことです。また、アカネ、ベニバナ、木藍などのハーブで色鮮やかな民族衣装のサリーを草木染めする物もあります。
インドのハーブの歴史は、5000年前にさかのぼることになります。インドの伝統医学アーユルヴェーダは、この頃確立したと言われ、現存する最古の伝統医学です。これは、病気を治す医学だけでなく、心と体のバランスを整える生命科学でもあります。ハーブの使い方はアーユルヴェーダと共に周辺の国々にも伝わりました。
インドの首都、デリーのオールド・デリー駅の近くのハーブマーケットには全国のハーブが集まっており、ハーブを買いに来た人でいつも賑わっています。急激に発展を遂げても、インドのハーブの世界は健在です。これからも、新しい様々な用途が生み出され、そして、古きよき使い方が見直されていくことでしょう。

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